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(株)ビッツ・ワークス代表取締役。 WEBサイトのプロデュースなどを手がける。 主な活動地域は東京都八王子市。 趣味は読書、スポーツ、一人旅。
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フローとは寝食も忘れるほど一つのことに熱中している状態。個人も会社もフロー状態になるためのノウハウが書いてあり。とても参考になります。(この本についての記事

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2010.04.26 Monday

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よくあるカフェでの会話。「男は自分の話、女はいない人の噂話」

2010.04.16 Friday

僕はカフェでコーヒー飲むのが大好きなので、よく一人で色んなカフェに行ってダラダラと時間を過ごしているわけだけれど、そこでよく気になることがあるので今日はそれについて書いてみようと思う。

一体何が気になっているかというと、「みんな何を話しているのか?」ということ。
僕は一人でカフェへ行くことが多いので、周りの人が何を話しているのか耳をダンボにして聞いている・・・わけではなく、隣の人たちの会話が勝手に聞こえてしまうわけ。

そこには大体傾向がある。

【若手(男)】
仕事や会社の不満。自分が大変なおもいをしているということ。

【中堅(男)】
自分以外がいかにダメか。いかに自分が頑張ってるかについて。

【年配(男)】
ほとんどお金とその資産運用的な話をしてる気がする。

【独身女性】
恋人などとの関係性。なぜああしてくれないのか、など。

【既婚女性】
夫、子供について。ウチの子は○○、ウチの亭主なんて○○。

【年配女性】
ウワサ話。

...まぁ大体こんな感じ。

ちなみに、カップルの場合はそのカップルの関係性にもよるが、付き合いの浅いカップルだとお互いに褒めあったりして気持ち悪いので、努めて会話を聞かないようにしている!

もうちょっとザックリ分類してみると次のようになる。

【男の話題】
自分の話(すごいね〜と言ってもらいたい感じがほとんど)。

【女の話題】
誰かの話(そこにいない人の場合がほとんど)。


こんな分類をしてどうするわけでもないのだけれど、ちょっと面白そうだったのでまとめてみた。
勝手に決め付けてしまってスイマセン。。。

じゃあ今日もカフェに行って隣の人の会話を盗み聞き・・・じゃなくて、心静かにコーヒーを楽しむことにしよう!



幕末には若者が立ち上がり、現代は老人が立ち上がる

2010.04.11 Sunday

今日NHKの「龍馬伝」を見ていてふと思った。
というか思っちゃった!

幕末には多くの若い志士達が立ち上がって、新たな日本をつくるために命を懸けて奔走した。
多くの若い命を飲み込みながら、そのうねりはドンドン大きくなり最後には日本をひっくり返した。
今も昔も、多くの日本人は彼ら幕末の志士達の活躍を見て心躍らせていたはずだ。

その明治維新の主役は間違いなく若い志士たち。
龍馬伝に出てくる人物も多くは20代から30代の若者。
龍馬伝の龍馬もドラマではまだ20代のはずだ。

ちなみに、有名な幕末の志士達の死亡年齢を調べてみた。

坂本龍馬 享年33歳
武市半平太 享年37歳
岡田以蔵 享年28歳
中岡慎太郎 享年30歳
吉田松陰 享年30歳
久坂玄瑞 享年25歳
高杉晋作 享年29歳
近藤勇 享年35歳
土方歳三 享年35歳
沖田総司 享年26歳

みんな若いですね。


一方、現在は幕末と似ているという声をチラホラ聞く。
僕自身もそう思っている一人。

そんな中、平均年齢70歳の新党「たちあがれ日本」が結党!
「敬老会」などと批判も出ているが、幕末に若者達が立ち上がったのに対して、現代立ち上がったのは老人かっ!などと思ってしまった。

年長者たちが頑張るのはもちろん大いに結構なんだが、彼らがいつまでも時代の主役にいるのはやっぱりオカシイ。
もっと若い世代が、力ずくで彼らを引退させてあげないといけないはずだ。

世界では、必要に迫られて若いリーダー達が台頭しつつあるように見える。
日本でも、様々なシーンで若いリーダーを目にする機会が増えてきた。

でもなんで日本の政治はこんなに遅いの?
社会や経済などで新たなリーダーが誕生しつつあり、みんなで新たな日本に向けて頑張ろうとしているのに、政治の世界が足を引っ張っているように感じるのは僕だけではないと思う。

頼みますよ〜若手政治家さんたち。
そして政治家の皆さん、僕らの邪魔しないでね。

などと、上から目線の発言でこのエントリーを締めくくる!


世界第2位の経済大国にして自殺率も先進29カ国中2位の日本

2010.04.07 Wednesday

ここ数日の新聞に「経済成長と幸福度」に関して興味深い記事が載っていたので取り上げてみた。
戦後の貧しい時代からの復興期には、「モノの豊かさ=幸福度」という単純な公式が当てはまってきたわけだけれど、今はそう単純ではない悩ましいところに関する記事だ。

「いったい我々は何を目指すべきなのか?どうあるべきなのか?」

という問いに明確に答えられないところに現在の閉塞感があるような気がするけれど、「戦争」や「所得倍増計画」など、過去は国民全てが一丸となって同じ方向へ向けて全力で走ってきたのに対し、今はもうそんな時代ではないような気がする。

だとすると、目指すべきものは人それぞれ、自分自身で見つけていく時代なのかな?

などと考えたりする。

以下の新聞記事の抜粋を読んで、皆さんはどう思う?

幸福度重視 うまくいくかナ 「成長は二の次」なら悲惨に 論説委員長平田育夫
(2010年4月5日 日本経済新聞 より)


幸福のパラドックス(逆説)と経済学者は呼ぶ。経済が成長しても人々が幸せを実感できない国はけっこう多い。世界第2位の経済大国にして自殺率も先進29カ国中2位の日本は悲しいかな、その好例か。

鳩山政権は国内総生産(GDP)だけではわからない「幸福度」を測る指標を作り、政策に生かそうと動き始めた。

その発想には共感できる。しかし簡単な話ではない。「幸福な家庭は互いに似ている」(トルストイ)とはいえ、幸福感は主観的なもの。何をモノサシにするかは以外に難しい。
また仮に「成長は二の次」という風潮が広まれば、高齢化社会を乗り切れるかなど多くの疑問符がつく。

(中略)

一人当たりGDPが1万ドル(93万円)を越えるあたりから成長と幸福感は比例しなくなる。

(中略)

確かに福祉や地域振興などの分野でお金目当てではなく活動する人が増えた。
その主役は非営利組織(NPO)など鳩山首相がいう「新しい公共」。

(中略)

とはいえ、新しい公共が担える部分はまだ限られている。たとえば雇用創出。遠い将来はともかく320万人もいる失業者を救う力は大きくない。

第2に幸福度重視に傾くことで、政府はそう思わなくとも経済成長を軽視する風潮をあおる恐れがある。現に「ゼロ成長でも配分の改善で幸福度は高まる」という経済学者もいる。

経済が成長しないと公的債務の返済負担が高まる。それに、高齢者を養う現役世代の荷も重くなる。こうした日本の現実もよく考えなくてはならない。

 

(以下、4月3日 朝日新聞 より)

日本のGDPの3位転落が気になりますか? beモニターに訪ねた結果、ほぼ半数の47%が「はい」と答えた。
一方の「気にならない」派では、「生活レベルで世界2位を実感したことがない」という声が圧倒的。団結する前提が崩れたという見方も目立つ。

「日本型終身雇用・年功序列社会では『GDPの大きさ』イコール『国民生活の豊かさ』だった。GDPが国民生活と遊離し関心も薄れた」(神奈川、74歳男性)、「昔はGNPが伸びるのは良いことと思っていたが、今はGDPは企業の業績にすぎないと感じる。雇用の安定が崩れた今、国民の生活とは結びつかない」(宮城、50歳女性)。

豊かな国民生活とは何か?海外体験に基づく意見は示唆に富む。「スペイン旅行の際に案内人から、この国の公務員は安月給でも別荘を持ち、家電などを大事に使ってつつましく優雅に暮らすと聞いた。本当に豊かなのはどちらか考えさせられた」(埼玉、59歳男性)、「瀕死の経済と言われた時代の英国で暮らしたが、社会資本が整備された中での生活の豊かさに感服した」(千葉、68歳男性)。

冷静に考えれば、永遠の経済成長など不可能。大量消費社会は、地球環境にも良くない。

「いまだにGDPにこだわっていること自体おかしい。昭和的価値観の転換期に来ている」(大阪、44歳男性)、「GDPなど中国にさっさと抜いてもらい、国のあり方を考え直す時だ」(石川、42歳女性)。

GDPに代わる幸せの指標に必要だと思う要素のトップは「健康」だった。「健康を害する人が多く、医療費がかさめばGDPも上がる。それが幸福と言えるのか」(東京、53歳男性)。もっともだ。


5分でロールキャベツ作ることにそんなに価値があるの?

2010.04.05 Monday
 最近テレビでよく目にする光景。

「5分でロールキャベツができちゃいました!」

「まぁ早い!でもおいしくないんでしょ?」

(モグモグ)「え〜美味しい〜!!ビックリ〜!」


最近、こうした時短テクニックとかいうものを紹介するテレビ番組をよく見かける。
多くは家事を効率化するためのテクニックだったりする。

得意げにテクニックを紹介する芸能人とそれに驚く芸能人がお決まりのセット。


でも、日本人ってそんなに時間ないの?
家事を数分でも短縮しなきゃいけないほど忙しいの?

そして、そもそも料理など家事は何のためにやってるの?
誰のため?
家事は家族のためにやるもの?
それとも、あなたの時間を奪うだけの不要なもの?

短縮した時間は何に使うの?
家族との時間に使うの?それとも仕事に使うの?それともテレビを見る?

それほどまでして効率化して時間を短縮する意味はあるの?
料理も家族への愛情のひとつじゃないの?
「料理は愛情」じゃなかったっけ?
だとしたら愛情を削ってまでしたいことって何?

家事一つ一つにも愛情を込めてやれば、きっとその想いは伝わるはず。
そして、愛情を受けた家族は、愛情を持って応えてくれるハズ。

愛情のこもっていない料理を毎日食べていれば愛情を感じられなくなるんじゃないだろうか。
洗濯も掃除も同じこと。
人間は直感的にわかる。
まして感性のするどい子供は、長年愛情のこもったものに接しているのと、長年愛情のこもっていないものばかりに接しているのとでは、心の成長に大きな違いが出てくることは間違いないだろう。

表面的な効率だけを追求して、肝心なものを忘れないようにしたい!

・・と思う今日この頃。


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敵か?味方か?

2010.03.30 Tuesday
■分解生活

以前、ビジネススクールで「論理的思考」のクラスを受講していたときに「分解生活」というのを推奨されて試していたことがある。
簡単に言うと「毎日の生活の中で、様々なものを分解して考える訓練をしましょう」というもの。

人間は一度にたくさんのことや複雑なことを考えられないから、モノゴトを分解して単純化することで問題の本質が見えてきたり、考え易くなったりするという効果がある。

例えば、このブログの役割を分解すると、「文章にまとめることで自分の頭の中を整理する」「自分の考えていたことなどを記録する」「公開することで人に読んでもらい何か影響を与えられるかもしれない」という役割が考えられる。

つまり、僕自身は「頭の整理」「記録」「外への影響」の3つの役割をこのブログに求めている。
何事もこのように分解してハッキリさせておくと考え易くなる。

■バランスが大切

このように分解して考えることはとっても有効だが、やりすぎやバランスを欠くと良くないと感じるようになってきた。

例えば、「地球」を分解すると「アメリカ」「日本」「中国」「ロシア」・・・など、国で分解できるし、「人間」「動物」「自然」などに分解できるかもしれない。

そうすることで単純化されて考え易くなるのは確かだが、「自国のことだけ」もしくは「人間のことだけ」を考えてしまいがちになり、そうなってくるとバランスを欠き、「自国」や「人間」という本来は各論であるはずのものが、「地球」の総論のようにとらえられてしまう危険性がありそうだと思った。

以前は、とても人気があった「ジャイアンツ」の人気が落ちたのも、「プロ野球」を分解した一つの要素であるはずの「ジャイアンツ」が自分のことだけを考えて、人気選手を各球団から獲得したことで「プロ野球全体」を考えていなかったから起きたことかもしれない。

■敵か?見方か?

また、人間だれもがすぐに二元論でモノゴトを判断しがちだが、これもやりすぎには注意がいると思う。
「○○サンはいい人、××サンは悪い人」「○○サンは味方、××サンは敵」「白か黒か」などなど。
場合によっては「あなたは私の見方なの?敵なの?」などと迫ったりもする。

でも必ずしもどちらかでなくてはいけないのだろうか?

こういった二元論が不必要に対立を招くことがあるような気がする。。。

敵と判断した場合は徹底的に叩く、味方にはずっと味方であることを強要する。変わることは許さない。

こんなことになっちゃう恐れが二元論にはある。
人間は本来多面的だし、時間によっても変わる流動的な存在であるはずなんだが。。。

・・とは言いつつ、自分もきっとそういう罠にはまっているだろうな、と反省する。


そして、もっと面白いエントリーを書きたいな、と思いつつこのエントリーを締めくくる。



「ここはあなたの居場所だよ」というメッセージがサードプレイスを作る。

2010.03.15 Monday
 昨日、自由大学「地域とつながる仕事」の第三回セッションに参加した。
参加者の皆さんは熱い思いを持っているので、すごく刺激になるし、色々な気づきがある楽しい場だ。
その中で、参加者の一人が「サードプレイス」に関するプレゼンをしてくれた。
彼女の熱い想いと共に、「サードプレイス」というものを考える良いキッカケになった。

そもそも「サードプレイス」とは、家庭や職場・学校に次ぐ第三の場所。
スタバもそれを目指しているらしい。

そして、なぜサードプレイスが必要かというと、人間の根源的な欲求を満たすものがそこにあるからだと思う。

根源的な欲求とは、「社会(人やコミュニティなど)に受け入れられ、認められたいという願望」

これが家庭や職場などで十分に満たされていれば良いし、満たされていてももっと満たされたいのかもしれない。
でも、家庭も職場もどちらにも居場所を見出せない人もいる。
そんな現代人がサードプレイスを心のオアシスとして求めるのかもしれない。

誰か他人から自分の存在を承認される、肯定される、ということは人にとってとっても大事なこと

もしそれが全くなければ、孤独で自分の存在意義が見出せず、人生の意義も見出せないのではないだろうか。

本来は、職場や家庭で自分の存在価値を見出していくべきだが、実際はそこでうまく見出せない人も多い。

サードプレイスとして、考えられるものを幾つか挙げてみると、趣味のサークル、友達同士の集まり、ご近所の集まり、習い事、行きつけの飲食店などか。
メイド喫茶や、男性ならスナックなどもサードプレイスといえるかもしれない。

ここで、何が満たされればサードプレイスとして成立するのか、自分が新たなサードプレイスを探すと仮定して考えてみた。

1.コアとなる価値観
そのコミュニティがどんなコアとなる価値観を持った場なのか、そこに自分が入ることができそうか。
全く違う価値観の場、共通点を見出せない人たちの中など、場違いな場にいることほど居心地の悪いことはない。

2.人
その場のリーダーをはじめ、メンバーが新しいメンバーを受け入れる姿勢がある。
よそ者や初対面の人でも温かく迎えてくれる体制が整っている。

3.場所
もしかしたら、リアルでもバーチャルでもいいのかもしれないが、そこに参加しやすい環境が整っていること。

ここで一番大事なのは、その場のリーダーや主要メンバーが参加者を承認することだと思う。
「あなたはここにいていいんだよ。ここはあなたの居場所だよ。」
というメッセージを発すること。

これにより、参加者は本当の意味でその場を「サードプレイス」として認識するのではないだろうか。

と、ここでふと気づいた。

これは何も「サードプレイス」に関わらず、全てのコミュニティに同じことが言えそうだ。
家庭でも職場でも同じ。
親が子供の価値や存在自体を承認してあげること。
上司が部下を信頼し承認すること。
全て同じことだ。

自分もそういう温かい場を作って行きたいものだなぁ。


貧困大国アメリカ II

2010.03.03 Wednesday
 本書では、行き過ぎた市場原理主義がもたらす社会の歪みを、様々な人の証言を通して我々に警告してくれている。

アメリカで実際に起きている市場原理主義による貧困の増大。
教育、医療、社会保障から刑務所まで、それら全てがサービス受給者のためではなく、市場のため、利益を生み出すためだけに機能している様には衝撃を覚える。

企業の目的は利潤の最大化であり、そのためには人々を不幸にしても構わない、という価値観なのだろうか。
人々に不当なサービスや労働を強いる仕組みを作ることによって得る利益が正当な利益だともおもえないし、それが持続可能だとも思えない。

企業が利潤を求めるのは当然だが、社会の構成員であると同時に持続可能な利益の仕組みを構築するのが本来の役割だと思う。

また、行政もそれら企業との癒着により、一般市民や国の将来より特定の産業のために働いていて、本来行政の担うべき役割を全く全うしていないように思えた。

幸い日本では「行き過ぎた市場原理主義」に対するアレルギーが強いので、全く同じようなことは起きないかもしれない。

しかし、アメリカで起きたことが数年後に日本で起きるということは、これまでも何度もあったはずだ。

今回も、カタチは多少違えども貧困の増大の仕組みが輸入されてしまうかもしれない。

また、社会のシステムが人々をどれだけ不幸にしてしまうかを理解すると共に、これが対岸の火事だと思わず、日本が追いかけてきた国、アメリカで起きている事実だということを認識する必要があると思った。


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We Are The World 25 For Haiti

2010.02.17 Wednesday
 25年前?の「We Are The World」は、僕が始めて買ったレコード。
子供心にも「魂」のようなものを感じて感動したのを覚えている。

今回も「魂」や「想い」といったものを感じる素晴らしいデキ。
こういったときのアメリカ人の「心を一つにまとまる力」や「表現力」「行動力」は素晴らしいと思う。
残念ながら、今の日本人にはこういった力はまだない。

ハイチは、西半球で最も貧しい国といわれていて、今回の地震で死者が20万人以上にも達するという。
そもそもハイチの人口は961万人。つまり人口の2%以上が今回の地震で死んだことになる計算。
数では、広島の原爆死没者名簿の記載数が約25万人と同じ程度の規模。



多くの日本人の関心はすでにハイチにはなく、バンクーバーに行っている。

自分も含めて日本人の多くは、マスコミに流されて一気に同じ方向を向き、なんとなく流されてしまう傾向がある。

特に最近は、常に誰かバッシングする相手を探しているようにも見えるが・・・。

ともあれ、何か自分にできることを自分自身で考え、行動に移すことが何よりも大切なはずだ。
小さな一つ一つの行動が大きな力になる。

ハイチ地震被害 - 支援団体一覧。Think the Earthプロジェクト


ワークライフバランスについて考える(働き方革命/駒崎弘樹)

2009.12.02 Wednesday
 以前から個人的に日本人の働き方には疑問を持っていました。会社に人生を捧げるほど長時間働いている姿に疑問を持っていたが、日本の一人当たりのGDPが世界で19位というニュースを見て確信しました。
やはり何かおかしい、と。

一人当たりの生産性が低いから、それを補うために長時間労働になる。それによって社員一人ひとりが疲弊していく。家庭やプライベートが犠牲になる。余裕がないからイノベーションが起きず生産性は上がらない。

こんな悪循環に陥って、しかも誰も幸せじゃない、という気がしてなりません。

そんな中で自らの「ライフビジョン」を見つめなおし、働き方を変え、定時退社経営者を実践している社会企業家の駒崎氏の著書は、とても興味深い内容で示唆に富んでいた。

目標とするライフビジョンを設定し、目標は必ず言語化し、繰り返し見て、自分自身に刷り込んでいく作業が必要であり、できると信じれば必ずできるということが改めて理解できました。



これだけではないが現状は確かにそう(ウェブはバカと暇人のもの/中川淳一郎)

2009.10.12 Monday
 インパクトのあるタイトルなので、思わずニヤっとしてしながら読んだ。
内容はまさにタイトル通りであり、ざっくり言うと、「ネットのヘビーユーザーはバカと暇人ばかりで、TVと利用者層がかぶっている。したがって、B級ネタやテレビネタがウケる。要するに暇つぶしの場。
企業はあまりネットに期待しないほうが良い」という内容。

確かにその匿名性ゆえに、根拠のない話やどうでも良い話、誹謗中傷まで自由気まま、すき放題に振舞っているユーザーが多数いるのも間違いない。
ネット上に溢れる情報の多くが、全く意味のないものであるのも確か。

以前読んだ「グランズウェル」は、そうしたことも踏まえた上で、困難だが企業としてそういったユーザーとの対話を大切にしていこうという話であり、今回のそれとは全く異なる意見ということになる。

ネットには、実用的な面と暇つぶし的な面の両面があり、この本では後者に主にスポットを当てているところが新鮮であり、これまであまりこんなにストレートには触れられていなかったように思う。

「確かにそう!」と納得してしまう部分も多々あるので、興味のある人は是非読んで見るといいと思います。



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