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(株)ビッツ・ワークス代表取締役。 WEBサイトのプロデュースなどを手がける。 主な活動地域は東京都八王子市。 趣味は読書、スポーツ、一人旅。
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2010.04.26 Monday

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明日から使える「フィンランド小学生の議論のルール」

2010.04.12 Monday
下記はフィンランドの小学生が作った「議論のルール」だそう。
欧米では学生時代にディベートの訓練をするというのを聞いたことあるが、フィンランドでは小学5年生でこれだけのルールを自分達で作ってしまうとは。スゴイ。
1. 他人の発言をさえぎらない
2. 話すときは、だらだらとしゃべらない
3. 話すときに、怒ったり泣いたりしない
4. わからないことがあったら、すぐに質問する
5. 話を聞くときは、話している人の目を見る
6. 話を聞くときは、他のことをしない
7. 最後まで、きちんと話を聞く
8. 議論が台無しになるようなことを言わない
9. どのような意見であっても、間違いと決めつけない
10. 議論が終わったら、議論の内容の話はしない
僕は日本で教育を受けたが、ディベートや議論どころか話し方や話の聞き方すら教わった記憶がない。
最近になってようやくそれらの重要性に気づいて意識するようにしているが、日本でもそういった基本的なことを必修科目として取り入れて欲しいなぁ。

だって、そうすれば「だらだら会議」や「建設的でない議論」などが減って日本全体の生産性も高くなるはずだから。

そして皆のコミュニケーション能力も上がって、日々の会話もより楽しいものになっていくんじゃないだろうか。

ちなみに、これらのルールを全く守れていない日本の政治家の皆さんには、ぜひともフィンランドの小学校に入学してもらいたいものだ。

「何が言いたいのか分からないような話をダラダラする」
「人の話を奪って自分の話しばかりする」
「そもそも人の話を聞いてない」


これらは気をつけないと、ありがちなミス。
「話し方」「聞き方」はとっても大事。
特にグループで話しているときなどは、しっかりとした意識を持っていないと建設的な議論にならない。

フィンランドの小学生にできるなら我々にもできるはず!
まずは意識することが大事。
明日からさっそく実践してみよう。

参考「フィンランドの小学生が作った「議論のルール」が大人顔負けの凄さ!」

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幕末には若者が立ち上がり、現代は老人が立ち上がる

2010.04.11 Sunday

今日NHKの「龍馬伝」を見ていてふと思った。
というか思っちゃった!

幕末には多くの若い志士達が立ち上がって、新たな日本をつくるために命を懸けて奔走した。
多くの若い命を飲み込みながら、そのうねりはドンドン大きくなり最後には日本をひっくり返した。
今も昔も、多くの日本人は彼ら幕末の志士達の活躍を見て心躍らせていたはずだ。

その明治維新の主役は間違いなく若い志士たち。
龍馬伝に出てくる人物も多くは20代から30代の若者。
龍馬伝の龍馬もドラマではまだ20代のはずだ。

ちなみに、有名な幕末の志士達の死亡年齢を調べてみた。

坂本龍馬 享年33歳
武市半平太 享年37歳
岡田以蔵 享年28歳
中岡慎太郎 享年30歳
吉田松陰 享年30歳
久坂玄瑞 享年25歳
高杉晋作 享年29歳
近藤勇 享年35歳
土方歳三 享年35歳
沖田総司 享年26歳

みんな若いですね。


一方、現在は幕末と似ているという声をチラホラ聞く。
僕自身もそう思っている一人。

そんな中、平均年齢70歳の新党「たちあがれ日本」が結党!
「敬老会」などと批判も出ているが、幕末に若者達が立ち上がったのに対して、現代立ち上がったのは老人かっ!などと思ってしまった。

年長者たちが頑張るのはもちろん大いに結構なんだが、彼らがいつまでも時代の主役にいるのはやっぱりオカシイ。
もっと若い世代が、力ずくで彼らを引退させてあげないといけないはずだ。

世界では、必要に迫られて若いリーダー達が台頭しつつあるように見える。
日本でも、様々なシーンで若いリーダーを目にする機会が増えてきた。

でもなんで日本の政治はこんなに遅いの?
社会や経済などで新たなリーダーが誕生しつつあり、みんなで新たな日本に向けて頑張ろうとしているのに、政治の世界が足を引っ張っているように感じるのは僕だけではないと思う。

頼みますよ〜若手政治家さんたち。
そして政治家の皆さん、僕らの邪魔しないでね。

などと、上から目線の発言でこのエントリーを締めくくる!


僕の身代わりになってくれた車

2010.04.09 Friday
 数日前、高速道路を走っていたら落下物(トラックについてる鉄の工具箱)があり、急なカーブのところだったので避けると余計危ないと感じたのでそのまま突っ込んだ。
おかげで僕とその後ろを走っていたトラックの2台のバンパーが壊れた。

ただし、この事故に対して怒ったり悲しんだりする感情は全く湧かなかった。

なぜなら、僕は誰も傷つけてないし、自分も怪我してないし、壊れたのは車だけだから。
そして原因は落下物であり、自分自身が危険な運転をしていたわけでもないから。

つまり、自分が原因を作ったわけではなく、たまたま運が悪かっただけだし、結果として傷ついたのはモノだけだったから悲しむことも怒ることもないのだ。

さらに、このことに関しては逆に感謝の気持ちすら湧いてきたから不思議だ。

というのは、「車が僕の身代わりになってくれた」と感じたからだ。

全く根拠はないけれど、本当は僕自身が病気や怪我をするはずだったところを車が身代わりになってくれた。もしくは、これから大事故を起こすところを警告してくれた、のではないかと感じたからだ。

「車さん、ありがとう!」
「頑張って修理代を稼ぐからね。これからもよろしく!!」

3年前の哀しい記憶


ちなみに、3年位前にも同じようなことがあった。

普通に道を走っていたら、わき道から軽自動車が飛び出してきて横っ腹にぶつかってきた。
このときも同じように互いに怪我もなく、僕の過失でもなく、車が壊れただけだったので、特にそれ自体に怒りも悲しみも感じず、この時も同じように「車が身代わりになってくれた」と感じた。

ただ今回と違うのは、一応被害者である僕が相手の怪我などを気遣ってるのに、相手のおばさんが最後まで自分の責任を少しでも軽くすることしか考えていなかったのに少し悲しくなった。

そして結局、気遣いも謝罪の言葉もないまま帰っていき、その後保険会社を通じて自分の負担を少なくする交渉をしてきた。

確実に高いと思われる修理費と負担割合を要求してきたので、正直そのおばさんを取り巻くおじさん達が悪知恵を働かせて、少しでも自分の負担を減らすよう画策しているのを感じた。

たいした額ではなかったけれど、なぜ自分がこの負担をしなくてはいけないのか、という思いもあったが、結局は条件を飲んだ。

もしかしたら彼らはこれによって、本来より少しばかりお金の負担が少なくて済んだかもしれないけれど、この一件に関して誠実さを欠いていた。
少しばかりのお金のために、自分自身のこころに不誠実のキズを負わせた。

逆に僕はこの一件に関して何も恥じることがない。
自分なりに正直に誠実に行動した。
普段はダメダメな僕だが、このことに関しての自分の取った行動は正しかったと自信を持っている。

せっかく車が僕の身代わりになってくれて無事だったのに、感情的な争いを起こして、自分の”こころ”を自ら傷つけるようなことをしなくて良かったと今でも思っている


ちなみに、その軽自動車のおばさんに対しても、取り巻きのおじさん達に対しても怒りはない。
ただ、彼らをそうさせてしまった社会に対しては若干悲しさが残った。

・・・散っていく桜を見ながら哀しい出来事を思い出した。


龍馬のように脱藩するかぁ!

2010.04.08 Thursday
 録画してた「龍馬伝」を見た。ちょうど龍馬が土佐藩を脱藩したところだった。
幕末と今の時代は、時代遅れになった制度や価値観、閉塞感など似ている点も多いと思うが、今の時代の「脱藩」とはなんだろうか?

「会社を辞める?」「独立する?」

それもいいかもしれないが、まずは「過去の慣習」や「古くなった価値観」からの脱藩をオススメする。
龍馬もまずは過去の慣習にとらわれない自由な発想で世の中を見たことから脱藩を決意したわけで、それなしに形だけ脱藩しても意味はない。

路頭に迷うだけかもしれない。

では過去の慣習や古い価値観とはなんだろう?

「年功序列?」「終身雇用?」「右肩上がり?」「経済成長?」「大企業はつぶれない?」「公務員は安泰?」「テレビは正しい?」「老後は年金暮らし?」「貯金は守られる?」「学歴があれば大丈夫?」・・・。

わからないけど、無限にありそう。
「今まで信じられていたことが、必ずしもこれからもそうだとは限らない」ということだけは確か。

まずは過去の常識や慣習、価値観から脱藩して自由になろう!
過去の価値観に自分の未来を委ねるのをやめ、自分自身で考え行動する人になろう!

などと散りつつある桜の花吹雪の中、叫んでみる。



世界第2位の経済大国にして自殺率も先進29カ国中2位の日本

2010.04.07 Wednesday

ここ数日の新聞に「経済成長と幸福度」に関して興味深い記事が載っていたので取り上げてみた。
戦後の貧しい時代からの復興期には、「モノの豊かさ=幸福度」という単純な公式が当てはまってきたわけだけれど、今はそう単純ではない悩ましいところに関する記事だ。

「いったい我々は何を目指すべきなのか?どうあるべきなのか?」

という問いに明確に答えられないところに現在の閉塞感があるような気がするけれど、「戦争」や「所得倍増計画」など、過去は国民全てが一丸となって同じ方向へ向けて全力で走ってきたのに対し、今はもうそんな時代ではないような気がする。

だとすると、目指すべきものは人それぞれ、自分自身で見つけていく時代なのかな?

などと考えたりする。

以下の新聞記事の抜粋を読んで、皆さんはどう思う?

幸福度重視 うまくいくかナ 「成長は二の次」なら悲惨に 論説委員長平田育夫
(2010年4月5日 日本経済新聞 より)


幸福のパラドックス(逆説)と経済学者は呼ぶ。経済が成長しても人々が幸せを実感できない国はけっこう多い。世界第2位の経済大国にして自殺率も先進29カ国中2位の日本は悲しいかな、その好例か。

鳩山政権は国内総生産(GDP)だけではわからない「幸福度」を測る指標を作り、政策に生かそうと動き始めた。

その発想には共感できる。しかし簡単な話ではない。「幸福な家庭は互いに似ている」(トルストイ)とはいえ、幸福感は主観的なもの。何をモノサシにするかは以外に難しい。
また仮に「成長は二の次」という風潮が広まれば、高齢化社会を乗り切れるかなど多くの疑問符がつく。

(中略)

一人当たりGDPが1万ドル(93万円)を越えるあたりから成長と幸福感は比例しなくなる。

(中略)

確かに福祉や地域振興などの分野でお金目当てではなく活動する人が増えた。
その主役は非営利組織(NPO)など鳩山首相がいう「新しい公共」。

(中略)

とはいえ、新しい公共が担える部分はまだ限られている。たとえば雇用創出。遠い将来はともかく320万人もいる失業者を救う力は大きくない。

第2に幸福度重視に傾くことで、政府はそう思わなくとも経済成長を軽視する風潮をあおる恐れがある。現に「ゼロ成長でも配分の改善で幸福度は高まる」という経済学者もいる。

経済が成長しないと公的債務の返済負担が高まる。それに、高齢者を養う現役世代の荷も重くなる。こうした日本の現実もよく考えなくてはならない。

 

(以下、4月3日 朝日新聞 より)

日本のGDPの3位転落が気になりますか? beモニターに訪ねた結果、ほぼ半数の47%が「はい」と答えた。
一方の「気にならない」派では、「生活レベルで世界2位を実感したことがない」という声が圧倒的。団結する前提が崩れたという見方も目立つ。

「日本型終身雇用・年功序列社会では『GDPの大きさ』イコール『国民生活の豊かさ』だった。GDPが国民生活と遊離し関心も薄れた」(神奈川、74歳男性)、「昔はGNPが伸びるのは良いことと思っていたが、今はGDPは企業の業績にすぎないと感じる。雇用の安定が崩れた今、国民の生活とは結びつかない」(宮城、50歳女性)。

豊かな国民生活とは何か?海外体験に基づく意見は示唆に富む。「スペイン旅行の際に案内人から、この国の公務員は安月給でも別荘を持ち、家電などを大事に使ってつつましく優雅に暮らすと聞いた。本当に豊かなのはどちらか考えさせられた」(埼玉、59歳男性)、「瀕死の経済と言われた時代の英国で暮らしたが、社会資本が整備された中での生活の豊かさに感服した」(千葉、68歳男性)。

冷静に考えれば、永遠の経済成長など不可能。大量消費社会は、地球環境にも良くない。

「いまだにGDPにこだわっていること自体おかしい。昭和的価値観の転換期に来ている」(大阪、44歳男性)、「GDPなど中国にさっさと抜いてもらい、国のあり方を考え直す時だ」(石川、42歳女性)。

GDPに代わる幸せの指標に必要だと思う要素のトップは「健康」だった。「健康を害する人が多く、医療費がかさめばGDPも上がる。それが幸福と言えるのか」(東京、53歳男性)。もっともだ。


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